私が語り始めた彼は/三浦しをん

読書好きの人に勧めてもらった作品。

 


有川浩湊かなえ乾くるみが好きだと言ったら教えてくれた。

その人曰く、湊かなえが好きなら、ということらしい。

舟を編む」「風が強く吹いている」という作品が有名で、森絵都のようなさわやかな文章を書かれる方だというイメージがあったので、そのイメージが大きく覆る作品だった。

 

 

 

老いた大学教授、村川融を巡る、それぞれの独白からなる作品である。確かに湊かなえ〜と言っていた意味がわかった。

 


しかし、独白によって構成されている多くの作品(※と言っても湊かなえ著の作品以外出会ったことがないので、湊かなえ作品だと言い換えても問題ないと思われる。)と違う点は、全く騒動の全貌が見えてこないことだ。

それもそのはず、各章で語り手となる人物は、中心となる大学教授とどこかで繋がりがあるということが共通しているだけで、繋がりの強さは家族から全くの赤の他人まで幅広い。そして語り手の語っている時代までもが幅広く設定されている。

したがって、先程『騒動を巡る作品』と記述したが、どちらかというと騒動の基となる大学教授のことをどのように見ていたか、そしてどのように感じていたか語り手の視点を通して知るという作品に近いのではないかと思う。

 


全編を通して、良い意味で全く何も分からなかった。

ただ、中心となる村川融がここまで人を魅了し振り回すことができるのがすごい。作中に何度か村川の魅力が語られるシーンが出てくるが、自分は全くその魅力が分からなかった。

一方で、確かにこういう人を好きになる人がいるのはわかる。趣も何もあった表現ではないが、村川は俗に言うだめんずなのだと思う。理性とは別の何かで惹きつけられてしまう人物として。

このような人の魅力に振り回されるのも、人生のスパイスとしてある意味楽しいのかもしれない。

 


そしてなんといっても、この作品は三浦しをんの描写力が光る作品である。

ここまで人のもやもやとした形にならない心境を、感情を、温度を、空気を、描写できるだろうか。

語り手の視点を余すことなく伝えることができる描写力は、変態的で官能的であるとさえ感じた。

ある章でうさぎが登場するが、この物言わぬ無力なうさぎがとても可愛らしく、記憶の中のうさぎとは別の生き物なのではないかと思わせるほどに官能的だと感じさせられた。

 


この作品を教えてくれた人によると、彼女の他の作品は私の思っていたようなさわやかな作品が多いようなので、今度はその中で彼女の光る描写力を楽しみたいと思う。

しかし欲を言えば、彼女のうさぎを官能的と思えてくるような作品も再び読んでみたいという気持ちもある。